座繰りを始めて
    繭から糸を引き出し馬の毛の下を通す

座繰りを始めてすぐに、私は良い糸とはなにか、どういう糸を目指せばよいのかと、という疑問に突き当たりました。
まず、一般的に生糸検査などでチェックされる良い糸の条件は、「節の少ないこと」と「繊度が一定していること」でした。蚕の吐く糸の太さは一定ではないので繊度を一定にするのはとても難しいし、ふとした油断ですぐ節ができてしまいます。だから最新の注意と物凄い努力の末に、今の生糸はできているのです。
しかし、自分で糸を作るとき、織るのは自分で手織りをするのです。繊度が一定しなくても何の問題もないし、節はかえってあった方が味がでます。では何のためにそんな労力を傾けて均一な糸を作るのかといえば、それは機械で織るからです。節があっては機械のトラブルになりかねませんし、糸の太さが違えば織りむらになってしまいます。今流通している糸は機械で織ることを前提としているのです。
それでは、手織りにとっての良い糸とはいったいどういう糸なのか。
一朝一夕には答えの出ない問題ですが、わたしにとっての良い糸とは、質の良いことと味のあることだと思いました。

    繭から糸を引き出す

絹としての質の良さを考えていくと、蚕品種、養蚕技術、繭の保存、煮繭や繰糸の仕方など、あらゆることが問題になってきます。
そこで一番の問題だと感じたのは繭の保存の問題でした。
繭は10日ほどで羽化してしまうので、熱風をかけて蛹を殺し、乾燥させて保存できるようにしています。しかしその熱風によりシルクの繊維組織(フィブロイン)を覆って保護している膠質(セリシン)が変化して、境目が溶け合ってしまいます。精練してセリシンを落とすのですが、その時セリシンが残ってしまったりフィブロインが一緒に落ちてしまったりします。

    桑の葉を食べる

養蚕農家から直接繭を分けてもらい乾繭させない繭で作った糸は、艶が良くセリシンを残しても白くて柔らかいのです。染めた時の吸着もすばらしく、健全な肌を保った糸になりました。
また糸を取るときの張力も問題だと思いました。機械で高速で繰糸をすると、強い張力がかかり、分子の配列を変えてしまうので元の状態には戻らなくなってしまいます。髪の毛を強く引っ張ると、もう元の形に戻らないのと一緒のことが起こっているのです。高速で取った糸が針金のようにまっすぐなのに対し、座繰りや低速で取った糸はクランプと呼ばれるクネクネとした形態を残しています。蚕は首を振りながら八の字状に糸を吐くので、元々の形がクネクネしているのです。ゆっくりと取った糸は絹本来の伸縮性を持っているので、織り上がった布はしっかりしているのにじんわりと伸び縮みするので着心地が良いのです。

    繭から糸を引き出す手

流通や経済を優先することで沢山のよいものが失われてしまいます。一度健全な糸を使ったらもう市販の糸を使いたくなくなりました。私は健全なままの糸を染めたい、健全なままの糸を織りたい、そう切に思うほど何かが違いました。レトルト食品と家で作るごはんのように歴然と違ったのです。

経済が優先される世界のあり方と、手仕事のあり方では根本が違うのだと思うのです。
その根本のあり方から見直して、本当によいものを作って行きたい。その時参考になるのは家ごはんのような家の布ではないかと思うのです。

    奥州座繰器で糸取り
2017,04,02